【編集者の頭の中第5回】“BTS「Dynamite」の歌詞を書ける人0人説”からヒットの本質を考える

2020年もっとも世界で聴かれた曲の一つと言っても過言ではない韓国の7人グループBTSの「Dynamite」。

この曲を耳にしたことがないという人はどれくらいいるでしょうか?

おそらくほとんどいないのではないでしょうか。

しかし。

質問を変えます。

この曲の歌詞をあなたは正確に記述できるでしょうか?

おそらく書ける人はほとんどいないのではないでしょうか。

https://www.youtube.com/watch?v=gdZLi9oWNZg
ちなみに、歌詞のサビを正確に書くと下記のようになります。

<'Cause,ah-ah I'm in the stars tonight>
<So watch me bring the fire and set the night alight. >

実際に音源を聞きながらでもここまで正確に記述するのは難しいはずです。

さて、私がこんな話をした理由は、人々の興味関心や行動動機を探るうえで、流行現象の本質をどうやって見つけるかを考えてみたかったからです。

◆なぜカラオケでもうまく歌えないのに流行るのか?

この「Dynamite」、考えてみればみるほど不思議な歌なのです。

ほとんどの日本人は歌詞は正確に書けない。

さらに、カラオケで歌詞を見ながらでもうまく歌うことができない。

大抵、置いてきぼりにされます。

つまり、この曲は「聞く側」の体験と「歌う(踊る)側」の体験では大違いなのです。

これは、ここ最近の日本のエンタメ業界ではあまりなかった現象でした。

いわば例外と言ってよいでしょう。

昨今のビッグヒットにつながるコンテンツは、往々にして“モノマネできること”、“口ずさめること”がヒットの要因とされてきました。

ドラマ逃げ恥の「恋ダンス」。

AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」。

最近ではNiziUの「Make you happy」。

瑛人の「香水」。

ミルクボーイの「おかんが忘れた○○」。

どれも多かれ少なかれ、素人がモノマネをできるはずですが、「Dynamite」にかんしては素人はまったく太刀打ちできません。ダンスすら真似させてくれないのです。

つまり、素人がモノマネすることでSNSでシェアされ広まっていく現象ではない“何か”がこの「Dynamite」のブームを支えているのです。

では、その“何か”とはなにか。

◆「Dynamite」は歌でもない。歌詞でもない。ヒットの理由は“心地よい風”だった説

答えを急ぎます。

この曲のヒットを支えているのは、「うるさくなさ」と「心地よい風」のような気持ちよさだと私は考えます。

どういうことか。

BTSの「Dynamite」を聞いていると、歌詞の意味がまったくわからず、歌詞の単語も拾えないため、歌というよりBGMのように聞こえてこないでしょうか。

まるで体温と同じ水温の炭酸泉に入っているような心地よい感覚です。

あるいは、中学校のときを思い出してください。

夏の暑い7月、3時間目のプール終わりの4時間目。

授業中に教室の窓から吹き込んでくるさわやかな風のような感覚を覚えているでしょうか。

「Dynamite」はそんな炭酸泉や心地よい風のように重さやノイズを感じずに身体を包み込んでくるメロディなのです。

この環境を生み出している原因がボーカルです。

ボーカルの声が、シンセサイザーやギター、ピアノの音のように入ってこないでしょうか。

歌詞がしっかり聞き取れない結果、まるで音のように声が耳に入ってくるのです。

結果、この曲は国を選ばないのです。

歌詞が聞き取れることで“何語の曲か”ということが人々に認識されてしまいます。

英語の曲だと、中国人や韓国人、日本人は英語の単語で聞きとれる箇所を拾い上げようとしてしまいます。

しかし、歌詞がほとんど聞き取れない「Dynamite」はそれをさせないことに成功しています。

それはこの曲の綿密に計算された韻によって生まれています。

一般に、韻を踏んだ曲はどんどん歌詞の主張が弱まり、メロディに溶け込んでいく傾向にあります。

HipHopを聞いていると心地よくなってくるのはその理由です。

もう一度歌詞を見てみましょう。

【歌詞引用】
Cos ah, ah, I'm in the stars tonight(★)

So watch me bring the fire

and set the night alight(★)

(Hey)

Shining through the(◎) city

with a(◎) little funk and soul

So I'mma light(○) it up like(○) dynamite, woah

★、◎、○はそれぞれ韻を踏んでいる対象箇所を示しています。

これだけ短い歌詞の中でも、「Dynamite」ではかなりの韻が踏まれていることがわかります。

この韻を踏む多さと、「歌詞の聞こえなさ」が声をメロディー融合させてしまい、結果的に世界中でBGMのようにこの曲を聴かせることに貢献しているのです。

◆普遍性は綿密な抽象化の設計によって生まれる

ここまで縷々述べたうえで、「Dynamite」がヒットした最大の要因がいよいよ見えてきました。

「Dynamite」は歌詞が聞き取れず、ありえないほど韻を踏んでいるため、メロディーのようなボーカルとなり、声のない“曲”に聞こえる。

結果、世界中で視聴体験を同じに設計できているのです。

ヒット曲の消費が早くなっていく理由の一つとして、情報量の多さが挙げられます。

同じ歌詞を何度も何度も聞くと、その歌詞を“聞き飽きた”という気持ちになるのはなぜでしょうか。

それは曲との近さだと私は考えます。

一方、BGM的は曲の存在感がよい意味で薄いのです。

言い換えれば、曲の情報量が少ない。

だから飲食店はお客さん同士の会話を邪魔しないように、店内ではボーカルなしのBGMを流したり、歌詞の意味が聞き取りにくい洋楽を流すのです。

「Dynamite」を聞いているときの心地よさの要因は、声がしっかり入ってこないことによる情報量の少なさにも起因しているのです。

そうした“距離感”の設計を考えることで、この曲はロングヒットとなり、我々の生活に半年以上に渡って馴染んでいるのではないでしょうか。